ブラックリスト体験談
初めての借金
自分でイベントを運営していました。
そのイベントを行うのには会議室が必須となります。
もう開催日はきまり宣伝もしているのに、その費用が用意できずに途方にくれていた。
2度目の借金
借金をして数日後・・・
高校の頃の同級生に飲みに誘われ、フィリピンバーのような所で飲んでいた。
今までの人生でそういった所へはあまり行ったことがなかった為、ハメをはずしにはずし
訳が分からなくなるくらい泥酔し、思考力を失った自分は会議室の予約金も全て使い果たしてしまい
翌日の朝起きたときには残金が1000円になっていました。
転がり始める。
自衛隊の転勤を機に、キャバクラへとハマり始める。
当時の月給税込み18万円の人間が、1日に20万とかを平気でキャバクラで使っていた。
あっという間に極度額到達。
自衛隊は有利
自衛官がお金を借りに行くと審査がスルスル通る。
後から知った話、一般の人は年収の1/3が限度額(当時)くらいが目安だったんですが、
自衛官は1/2を超えてもまだ貸付をしていた。
『ブラックOK』に騙された!
エロ本などの雑誌の裏とかにある広告で
「ブラックOK,1000万円借りれます。」といった広告があり
マジで!?1000万円も借りれるん!?
そう思った俺はすぐさま雑誌の電話番号へTEL。
自衛隊にバレた
当時の俺はもう退職する事が決まっていて、就職活動の真っ只中であった。 企業への面接が一件決まったものの、当時スーツはあっても、赤いYシャツしか持ってなかったため 白のYシャツを買いにいかなくてはならなくなった。
銀行からも借りれた
自衛隊からの給与振込口座であった紀陽銀行。
当時、俺にキャッシュカードを持たすと危ないという自衛隊上官の判断で、毎回窓口までお金を下ろしに行っていた。
そんなある日のこと。
利息だけで良い
そのまま無事に自衛隊を退官し、民間企業への就職を果たした。
その後もコツコツ約定額を返済し続けていたのだが、
どうしても生活が追いつかなくなってくる。
ネットで審査
どうしてもお金に詰まってくる日が来たのはすぐのことだった。
しかしもう借りれるかどうなのかも分からない状態。
そんな時インターネットで見かけたのが「ネットで審査」
ついに給料差押え
もう利息すらも払わない様になってしまった。
すると鳴りわめく携帯電話。
それすらも無視をし続けると会社の電話がかかってくるようになった。
ヤミ金(090金融)に手を出す
当時家には裁判所からの手紙が山ほど届くようになった。
○月△日に調停を行いますので裁判所へ来てください。という通知が毎日のように来ていた。
当然裁判所へ行くはずもなく、調停が開催されなければ判決も出ないといった日々が続いた。
なぜかクレジットカードの審査に通った
サラ金から債権管理会社へと債権が移行し、 最初は激しかった督促も、徐々に減って行き、平穏な日々を過ごすまでになった。
借金についての考え方
普通、借金をすると総資産マイナスといった考え方になるのが普通の人。